閣下は悪魔から除外するとしても
2006年3月22日さて、前回の続きのお話。悪魔を退散させる方法はありやなしや。
最近CMやってる『エミリー・ローズ』は多分関係ありません。
実はこの悪魔とやら、言葉遊びで無くとも、結構な所に存在する。
特に数学では、無限を扱う事が多いモンで似た物が良く見受けられる。
大体において、無限の世界は特徴を掴んだ仮定で何とかするモノ。
そこから特定の数を抽出する場合などに『悪魔』に似た何かが見える。
例えば『素数』『円周率』の中にある、いまだに不明な部分など。
その中には、計算すれば検証できる物も存在する、存在はするが……。
極大な数を計算しようと言うのだから、個人の力では到底無理な話。
計算機を使っても、どれだけの労力が必要になるやら見当もつかない。
そして、その一つがわかったとて、無限にあるのだから次が有る。
これは『認識限界点』ギリギリでの証明や反証とは言えまいか。
これらはまだいいとして、計算可能領域に無い命題はどうなのか?
数学には「直感で真と予想できても未解決である」命題は存在する。
数学では昔「真である命題は全て証明できる」と提言した人がいた。
だが、それを研究していた学者が『不完全性定理』を発見する。
それは「手段が無矛盾の場合、証明も反証も出来ない命題が存在する」
と「手段の無矛盾性は、自身をもって証明する事はできない」の二つ。
注意:ざっくりとした説明なんで、詳細は自分で調べてくださいな。
お勧めですが、戻れなくなっても責任持ちません。閑話休題。
これによって、先の提言は根底を覆されてしまう事になる。
それゆえ、新たな概念が研究されるのだが、その辺はまた別のお話。
これらは数学だけの話か?答は問題の扱い方によると言える。
論理の定量化をし、矛盾を認めないならば、これは当てはまるだろう。
さてさて、これらを用いていかに『悪魔の証明』を退治するのか。
『悪魔の主張』とその反対事象が一対一対応ならば、無矛盾である。
反対事象の真偽がわからないケースの存在は第一定理から導ける。
その時は、一対一対応の『悪魔の主張』もわからないとなってしまう。
さぁ、困った。これはなぜだろうか?答は第二定理にある。
『論理全体の明確性は、その内部のみでは証明できない』からだ。
悪魔が証明しろと言う命題は、実は『主張』の反証では無い。
『悪魔の主張』は『この主張は真か偽か』でのみ語られる事象なのだ。
この場合「真偽」とは『主張』によらない「上位の言語」である。
だから、なんの矛盾も無く主張を判断する事ができるのである。
余談だが「上位の言語」概念は『不完全性定理』の産物である。
これもおもしろいので、調べる方は定理とセットでどうぞ。
これで理屈の説明は終わった、あとは実践するのみである。
『悪魔の証明を相手に迫られた場合どうすればよいのか?』だ。
「私は寡聞ゆえ知りません。あなたはそれが無い事を知ってますか?」
「では、あなたの主張が正しければ、それが無反証の証明ですね」
簡単だが、これで一旦全てがリセットされ正しい議論に戻れるだろう。
応用も考えられるが、いつになく長くなったのでここまでとする。
この文章は制限を施しているので、説明不足な部分が多々あります。
補完には、より多い時間と余白が必要なので、自分への問題とします。
ふー、千字越えの文章書くのは久しぶりで疲れたが、楽しかった。
資料読むのが楽しくて、それに時間割かれたのはヒミツだ。ではまた。
最近CMやってる『エミリー・ローズ』は多分関係ありません。
実はこの悪魔とやら、言葉遊びで無くとも、結構な所に存在する。
特に数学では、無限を扱う事が多いモンで似た物が良く見受けられる。
大体において、無限の世界は特徴を掴んだ仮定で何とかするモノ。
そこから特定の数を抽出する場合などに『悪魔』に似た何かが見える。
例えば『素数』『円周率』の中にある、いまだに不明な部分など。
その中には、計算すれば検証できる物も存在する、存在はするが……。
極大な数を計算しようと言うのだから、個人の力では到底無理な話。
計算機を使っても、どれだけの労力が必要になるやら見当もつかない。
そして、その一つがわかったとて、無限にあるのだから次が有る。
これは『認識限界点』ギリギリでの証明や反証とは言えまいか。
これらはまだいいとして、計算可能領域に無い命題はどうなのか?
数学には「直感で真と予想できても未解決である」命題は存在する。
数学では昔「真である命題は全て証明できる」と提言した人がいた。
だが、それを研究していた学者が『不完全性定理』を発見する。
それは「手段が無矛盾の場合、証明も反証も出来ない命題が存在する」
と「手段の無矛盾性は、自身をもって証明する事はできない」の二つ。
注意:ざっくりとした説明なんで、詳細は自分で調べてくださいな。
お勧めですが、戻れなくなっても責任持ちません。閑話休題。
これによって、先の提言は根底を覆されてしまう事になる。
それゆえ、新たな概念が研究されるのだが、その辺はまた別のお話。
これらは数学だけの話か?答は問題の扱い方によると言える。
論理の定量化をし、矛盾を認めないならば、これは当てはまるだろう。
さてさて、これらを用いていかに『悪魔の証明』を退治するのか。
『悪魔の主張』とその反対事象が一対一対応ならば、無矛盾である。
反対事象の真偽がわからないケースの存在は第一定理から導ける。
その時は、一対一対応の『悪魔の主張』もわからないとなってしまう。
さぁ、困った。これはなぜだろうか?答は第二定理にある。
『論理全体の明確性は、その内部のみでは証明できない』からだ。
悪魔が証明しろと言う命題は、実は『主張』の反証では無い。
『悪魔の主張』は『この主張は真か偽か』でのみ語られる事象なのだ。
この場合「真偽」とは『主張』によらない「上位の言語」である。
だから、なんの矛盾も無く主張を判断する事ができるのである。
余談だが「上位の言語」概念は『不完全性定理』の産物である。
これもおもしろいので、調べる方は定理とセットでどうぞ。
これで理屈の説明は終わった、あとは実践するのみである。
『悪魔の証明を相手に迫られた場合どうすればよいのか?』だ。
「私は寡聞ゆえ知りません。あなたはそれが無い事を知ってますか?」
「では、あなたの主張が正しければ、それが無反証の証明ですね」
簡単だが、これで一旦全てがリセットされ正しい議論に戻れるだろう。
応用も考えられるが、いつになく長くなったのでここまでとする。
この文章は制限を施しているので、説明不足な部分が多々あります。
補完には、より多い時間と余白が必要なので、自分への問題とします。
ふー、千字越えの文章書くのは久しぶりで疲れたが、楽しかった。
資料読むのが楽しくて、それに時間割かれたのはヒミツだ。ではまた。
コメント